錦町の看板 |
愛宕上杉通りより東側、定禅寺通りの北側の地名は錦町です。かつて、このあたりの定禅寺通りは「長丁「と呼ばれていました。「長丁」(ながちょう)の名前は仙台藩の時代から使用され、西端を同心町通(現愛宕上杉通りの東側の道路)、東端を東6番丁とする道路名として用いられ、付近の町名としても使用されていました。仙台城下町では、侍町は「丁」(ちょう)、町人町は「町」(まち)と表記・呼称したため、長丁は、武士が住んだ場所です。この地域のかつての通名や町名には、同心町通、外記丁、六軒丁、長刀丁、長刀横丁などがあり、屋敷町の名残が、現在も見られます。
昭和8,9年頃、仙台の市電が開通による道路拡幅により、長丁は現在のような大通りになりましたが、「長町」の地名と混同して紛らわしいため、昭和10年に「錦町」と改名されたと「仙台地名考(菊地勝之助著)」には記載されています。
ちなみに、錦町公園は、錦町を冠していながら、本町に所在します。冷やし中華発祥の店とされる龍亭はこの地区にあります。
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