2012年6月30日土曜日

花壇の模様替え



定禅寺通り中央緑地の花壇も夏から秋の仕様に模様替えです。主にフレンチマリーゴールド(Tagetes patula)、サルビア(Salvia splendens)、木立性ベコニア(ベゴニア・センパフローレンス:Begonia Semperflorens)が植え付けられていました。どれも、夏から秋にかけての花壇材料として最もポピュラーな植物で、公園などの公共の花壇にもよく用いられています。確かに、花壇は人を癒してくれますが、日本全国どこの公園も同じ花では少し味気ない気がします。個人的には、地域にあった植栽の選定が必要な気もします。

2012年6月27日水曜日

ムラサキセンダイハギ?


紫千代萩(ムラサキセンダイハギ)
学名  :Baptisia australis  
科名:マメ科

紫千代萩(ムラサキセンダイハギ)はマメ科ムラサキセンダイハギ属の多年草です。
原産地は北アメリカで、日本では園芸植物として栽培されるほか、各地で野生化しています。5、6月にきれいな紫色の花をつけます。花はもう終わりで、実がついているのが確認できます。千代萩の名がありますが、千代萩(同じく5、6月に黄色い花をつけます)とは別属です。仙台とは関係はないようです
*センダイハギはブログ仙台ハーブアロマ.com参照。
     

2012年6月26日火曜日

駐車場のドクダミ


以前薬局だった、定禅寺通の裏側の駐車場の片隅に咲いていました。
ドクダミ(蕺草、学名:Houttuynia cordata)はドクダミ科ドクダミ属の多年草です。 別名、ドクダメ(毒溜め)、ギョセイソウ(魚腥草)、ジゴクソバ(地獄蕎麦)ともいいます。住宅周辺や道ばたなどに自生し、特に半日陰地を好みます。全草に悪臭があり。開花期は5~7月頃(フリー百科事典ウイキペデイアより)。
古くから民間薬として使用され、健康茶としても親しまれています。開花期の地上部を乾燥させたものは生薬名十薬(じゅうやく、重薬とも書く)といい、日本薬局方にも収録されています。
最新薬用植物学(廣川書店)には、民間で緩下、利尿に煎用、また、生の葉をあぶって、化膿、腫物、外傷などに外用すると記載されています。
十薬は日本の代表的な民族薬の一つで、この名は10種類の薬に匹敵する効き目がある意味とされています。
ベトナム料理ではザウゾプカー(rau giấp cá)またはザウジエプカー(rau diếp cá)と称し、主要な香草として重視されているとのことです。エスニック料理は好きでよく食べにいきますが知りませんでした。今度機会があったら聞いてみたいと思います。

2012年6月23日土曜日

ノカンゾウ?




ノカンゾウ 
和名 : ノカンゾウ
学名 : Hemerocallis fulva var. longituba
分布 : 中国、朝鮮半島、日本、サハリン
自生地 : 日本では本州以南の原野などに群生する。


定禅寺通り中央緑地の東のはずれ、三越の前に群生して咲いていました。一般的な写真に比べてかなり色が黄色ですが、花の色は濃淡があるとあるので多分ノカンゾウ(野萱草)だと思います。
ノカンゾウは、夏、日本全国の野原の湿った場所で、花茎の先に橙色の一重の花を咲かせるユリ科ワスレグサ属の多年草です。八重咲きのヤブカンゾウはワスレグサ(忘れ草)とも呼ばれています。高原で花を咲かせるニッコウキスゲ(日光黄菅)も同属です。
全草及び蕾を乾したものを、生薬名金針菜というとありますが、最新薬用植物学(廣川書店)、薬草図鑑(伊沢凡人:家の光協会)には記載されていませんでした。ネット上の検索では、本種(ホンカンゾウや他の種類の記述もあり)の生、および乾燥した蕾を金針菜といって、薬用および料理用に販売していました。料理用は特に台湾などでは普通に売られているようで、スープやいためものに使用するとのことです。一度食べてみたいものです。


2012年6月22日金曜日

キンシバイ?



 キンシバイ(金糸梅、学名:Hypericum patulum)はオトギリソウ科オトギリソウ属の半落葉小低木です。ヒペリカムは、オトギリソウ属のラテン名であり、必ずしも本種とは限りません。オトギリソウ(弟切草)は、古くから葉や茎のもみ汁が、薬用として止血、切り傷、打ち身、神経痛等に効くとして使用されてきました。近縁種のセイヨウオトギリソウ(セントジョーンズワート 学名:Hypericum perforatum)は効うつのハーブとして有名で、近年ハーブテイーやサプリがたくさん販売されています。
 キンシバイは中国中部原産で、近年、公園や庭園などに植栽されています。公園などによく植栽されているもは、花が大きいHypericum patulum cv. Hidcote という園芸品種であることが多いとのことですが、多分この画像もこれであろうと思われます。



2012年6月20日水曜日

勾当台公園(4)

谷風像

谷風像
今回も勾当台公園の銅像の続きです。今回は江戸時代の大相撲の大横綱“谷風梶之助”についてです。
谷風 梶之助(たにかぜ かじのすけ、1750年9月8日 - 1795年2月27日)は、仙台藩・陸奥国宮城郡霞目村(現・宮城県仙台市若林区霞目)出身の元大相撲力士です。
第4代横綱で、実質的な初代横綱です。大相撲史上屈指の強豪として知られています。連勝記録の63連勝は有名です。また、力量だけでなく、人間的にも立派で品格抜群で、後の横綱の模範とされました。体格は、全盛時代で身長189cm、体重169kgとされています。現横綱の白鳳が、身長192cm、体重153kgですので、当時としてはほんとに大きかったのでしょう。子供の頃から怪力のいつわがいくつも伝わっています。




2012年6月17日日曜日

勾当台公園(3)

林子平像
前回に続いて勾当台公園の銅像の話です。今回は勾当台バス停の側に立っている林子平についてです。仙台には子平町という町名があるように、名前はなんとなく知られていますが、どんな人物であったかは以外と知る人は少ないのではないでしょうか。
林 子平(はやし しへい)(元文3年6月21日(1738年8月6日) - 寛政5年6月21日(1793年7月28日))は、高山彦九郎・蒲生君平と共に、「寛政の三奇人」の一人に数えられた江戸時代後期の経世論家です。「奇」は「傑出した」という意味であり、もちろん「奇妙な人物」という意味ではありません。経世論(けいせいろん)は、近世(江戸時代)の日本で「経世済民」のために立案された諸論策、もしくはその背景にある思想とあります。
著書の『海国兵談』では「およそ日本橋よりして欧羅巴に至る、その間一水路のみ」と喝破して当時の人びとを驚かせました。(簡単にいえば日本橋の水とロンドンのテームズ川の水は海でつながっている、だからきちっと対策を講じなければ外国から簡単に攻められるので大変である、ということでしょうか?)当時鎖国政策で国際的に孤立していた日本に、外国の脅威と国際化の必要性を主張した初めての人です。「海国兵談」は1791年仙台で出版されます。しかし幕府はいたずらに世間を惑わす行為としてこれを取り締まり、版木を没収して子平を罰しました。子平はまもなく失意のうちに世を去ることになります。子平の処罰のわずか4ヶ月後にロシア使節ラックスマンが根室に着き、子平の心配が現実のものとなったのは歴史の皮肉です。
今回の東日本大震災や原発事故の例を見れば(林子平と同じように、前から津波や、原発の危険性に警鐘をならす人はたくさんいました。)なにやら考えさせられる話です。


2012年6月16日土曜日

勾当台公園(2)

志賀潔胸像

勾当台公園の銅像
日頃なにげなく通りすぎていますが、注意して見ると興味深いものがあります。今回は勾当台公園の銅像の話題です。公園の銅像といえば上野公園の西郷さんを連想しますが、勾当台公園にも何体かの銅像があります。上の写真は志賀潔の胸像です。
志賀潔は、仙台市出身の有名な医学者・細菌学者です。赤痢菌の発見者として知られ、朝鮮総督府医院長、京城医学専門学校校長、京城帝国大学総長などを歴任しています。赤痢菌の発見とともに化学療法を研究し、明治時代の日本の近代化のなかで世界に通用する科学研究の成果を成し遂げた先駆者と評されています。1944年(昭和19年)には文化勲章を授与されるとともに仙台市名誉市民となっています。1957年(昭和32年)、仙台で亡くなったときは仙台市による市葬が行われています。となりの石碑には1969年10月17日とありました。

2012年6月14日木曜日

勾当台公園


勾当台公園
今回はいつも植物を撮影している、勾当台公園の話題です。
勾当台公園(こうとうだいこうえん)は、仙台市都心部にある都市公園です。周辺には宮城県庁・仙台市役所・国の出先機関などの公的機関と、公共事業関連の企業が集積しています。
「勾当台」の名称は、仙台藩藩祖伊達政宗が寵愛した盲目の狂歌師・花村勾当の屋敷があったこと、また、広瀬川の河岸段丘により、江戸時代の仙台城下町の中心部(芭蕉の辻)側から見て園内の一部がやや高台になっていることに由来します。「勾当台」は現在「こうとうだい」と読みますが、江戸時代には「こどのでえ」と読みました(仙台弁#仙台弁の地名・固有名詞参照)。
江戸時代は、藩校「養賢堂」が置かれ、当地は仙台藩の学問の中心地でした。また、仙台城の鬼門を守る定禅寺もあり*1、定禅寺通の名の由来となりました。
公園として整備されたのは、第二次世界大戦後の復興においてです。1946年(昭和21年)に当地を公園として整備する都市計画が決定し、都市公園法が公布された1956年(昭和31年)に勾当台公園として開園しました。

*1 定禅寺

定禅寺は、かつての仙台藩・陸奥国領仙台城下町にあった真言宗の寺。現在の青葉区本町3丁目の仙台合同庁舎の敷地を中心に、宮城県庁舎にかけて寺域が広がっていた。1601年から、伊達政宗の命により、仙台城及び仙台城下町の建設が始まるが、定禅寺も同年、同城の鬼門封じ(注:北東の方角)のために開基された。そのため、段丘崖を上がる階段、および定禅寺は、仙台天守台から北東に一直線に引いた線上に一直線に並んでいた。仙台藩時代は「一門格」に選ばれる格式の高い寺であった。
 明治維新後の1870年に定禅寺は炎上・焼失し、戊辰戦争により仙台藩という後ろ盾を失った定禅寺はその後復興することができず、1873年に廃寺となった。

2012年6月12日火曜日

マルバシャリンバイ


マルバシャリンバイ
勾当台公園に咲いていました。
シャリンバイ(車輪梅、学名:Rhaphiolepis indica var. umbellata、 シノニムR. umbellata)はバラ科の常緑低木。東北地方南部以南~韓国、台湾までの海岸近くに野生する。また栽培されることも多い。
果実を含めて有毒であるという報告はみつかりませんでした。食用、薬用の記録も見つけることができませんでした。 

2012年6月7日木曜日

ツキヌキニンドウ?


勾当台公園に咲いていました。ツキヌキニンドウだと思います。
ツキヌキニンドウ
学名: Lonicera sempervirens
科名: スイカズラ科 (スイカズラ属)
ツキヌキニンドウは北米原産の常緑ツル植物です。観賞用に庭園などに植栽されており、5月から9月に渡って、紅色の花を付けます。
ニンドウ(忍冬)はスイカズラ科スイカズラ属の別名です。冬場を耐え忍ぶことからこの名がついたといわれています。
同属のスイカズラ(学名:Lonicera japonica)は薬草として利用されています。葉茎は生薬名、忍冬で利尿、解毒薬として、花は生薬名金銀花で炎症に使用されています(最新薬用植物学 廣川書店)。
ヨーロッパの近縁種はハニーサックル(ロニセラ)です。欧米での薬用使用については、データを見つけることができませんでした。

2012年6月2日土曜日

カルミア?


勾当台公園の芝生の脇に咲いていました。先日紹介したリンデンの側です。珍しい形の花なので撮影しました。樹木の看板にはカルミアとでていました。
カルミア属とはツツジ科に属する植物の属。約7種があり、常緑の低木で高さは0.2-5 m 。カルミア(学名:Kalmia latifolia、別名:アメリカシャクナゲ)は北アメリカおよびキューバ原産で観賞用として日本でも植えられています。葉は他のツツジ科の植物と同様にグラヤノトキシンを含み有毒です。特に羊が中毒しやすく、一部の種はLambkill(「羊殺し」)と呼ばれています。