【歴史】
当地は仙台城の北東すなわち鬼門にあるため、江戸時代初期の17世紀は仙台城下町を見下ろすように寺社がずらりと建ち並んでいたそうです。その後明治時代になり、仙台藩の後ろ盾を失ったほとんどの寺社が廃寺となり、変わりに病院(後の東北大学病院)や学校(仙台育英中学)などが設置されていたようです。
1945年(昭和20年)7月10日の仙台空襲で当地は焼け野原となり、戦後復興事業によって公園とすることが決定し、国民体育大会の開催に合わせて1952年(昭和27年)に仙台市レジャーセンターが開館し、1956年(昭和31年)には同センターを含む地域が錦町公園として開園しました。筆者もレジャーセンターには何回か訪れた記憶があります。
1998年(平成10年)にはレジャーセンターが閉館し、全面リニューアルし現在の形になりました。
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